2015年06月28日

変わり夕焼け

6月28日夕7:15
夕食を終えて、さ〜テレビを楽しみましょうと座った時、突然東側の窓が赤く
染まりました、夕焼けです。手元にあったカメラを持って2階の窓から西側の
空を観ましたが何の変化もありません、どうやら太陽の沈む西側には光の
光る雲がなく、頭上を越えて東の雲で焼けたみたいです。
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白い点は月です
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何でもないような事ですが、平和な私です。
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熊野市ラグビーフェステイバル

6月28日 仕事の休業日ですが翌日の段取りを午前中で終え、山崎運動公園
に立ち寄り、第20回熊野市ラグビーフットボールフェステイバル(高校生の部)を
観てきました。
熊野市はラグビーが大変盛んです、小学生から中学生もクラブで楽しんでおります、
県立木本高校にいたっては花園の全国大会に6年連続を含め10回ぐらい出場歴
があり、三重県の名門校です。ところが監督の転勤などもありここ10数年前から
衰退気味でした、栄光の過去を持つOB達がテコ入れに花園常連校を招待して
胸を借りる練習試合を組んだのが始まりで、今年は20回目を迎えております。
今年もそうそうたる学校が集まってくれました。
大阪の東海大仰星・大阪朝鮮学校・奈良の御所実業・京都の伏見工業・三重の
朝明 と地元木本高校が熊野市長杯獲得の熱戦を繰り広げます。

木本高校(エンジ色)と朝明高校の試合が始まっておりました。
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前半終了時点で21ー0で朝明高校がリードしておりました

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他校は体をほぐしたり 休憩中
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熊野市はスポーツ王国です、他にも社会人のラグビーでトヨタやホンダが来熊するし、女子ソフトボー
ルの社会人や強豪大学の合同合宿も毎年あります、ベースボールフェスタ(高校生の部)では大阪
桐蔭高校や花巻東・横浜高校・広陵・など甲子園でも上位校が来てくれます、後でプロ野球で活躍し
た選手もおりテレビ等で見た時には親近感が湧くものです。

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2015年06月25日

忘れないこと

6月23日 沖縄では70回目の「慰霊の日」を迎えました 糸満市の平和祈念公園
では全戦没者追悼式が開かれ「平和の礎(いしじ)に刻まれた戦没者24万1336
人の前で 沖縄県立与勝高校3年の知念捷(まさる)さんが自作の平和の詩
みるく世がやゆら」(今は平和でしょうか)を朗読して参列者の涙を誘いました

私は16年前に家内と沖縄本島をバスツアーで旅行しましたが 最前列の私
に話しかけたガイドさんの言葉は今だに忘れられません
本土の方はいいですね〜」を何回もおっしゃいました 
本土決戦をさけるため本土の捨て石となり 県民の4人に1人が犠牲となった
ことや 今ものさばる米軍基地 忘れることの出来ない悲惨な過去を思う時
本土の人達の平和ぼけの旅行者をみると ついグチやネタミのような言葉が
出てくるのでしょう

沖縄と云えば紺碧の大空とコバルトブルーの綺麗な海を思い浮かべます
70年前はどうだったのだろう 戦争の惨めさと平和への尊さを詩った
みるく世がやゆら」(今は平和でしょうか)の沖縄人の真心の願いを忘れぬ
ように全文を記しておくことにした

みるく世(ゆ)がやゆら」  知念 捷

みるく世がやゆら
平和を願った 古(いにしえ)の琉球人が詠んだ
琉歌(りゅうか)が 私へ訴える
「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世や
やがて 嘩(なじ)くなよ(臣下) 命(ぬち) ど宝!」
 (戦世も終わり、 弥勒世もやがて来る。嘆くなよ、家臣、命こそが宝だ)
 廃藩置県で500年続いた琉球王朝はついに廃止となり、東京へ連れて
 行かれる王が最後に詠んだ句。

70年前のあの日と同じように
今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終わりを告げる
70年目の慰霊の日
大地の恵みを受け 大きく育ったクワデイーサーの木々の間を
夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
せみの声は微かに 風の中へと消えてゆく
クワデイーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
みるく世がやゆら
「今は平和でしょうか」と 私は風に問う
花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
戦後70年 再婚もせず戦争未亡人として行き抜いた 祖父の姉
90歳を越え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥する
1945年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
一人 妻と乳飲み子を残し 22歳の若い死
南部 戦跡へと 礎(いしじ)
夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
彼女のもとには 戦死を報せる紙一枚
亀甲墓に納められた骨壷には 彼女が拾った小さな石
戦後70年を前にして 彼女は認知症を患った
愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして 彼女は歌う
愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
70年の時を経て 彼女の哀しみが 刻まれた頬を涙がつたう
蒼天に飛び立つ鳩を 平和の象徴というなら
彼女の戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る
みるく世がやゆら
彼女の夫の名が 24万もの犠牲者」の名が
刻まれた礎に 私は問う
みるく世がやゆら
頭上を飛び交う戦闘機 クワデイーサーの葉のたゆたい
6月23日の世界へ 私は問う
みるく世がやゆら
戦争の恐ろしさを知らぬ知らぬ私に 私は問う
気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
みるく世がやゆら
せみよ 大きく鳴け 思うがままに
クワデイーサーよ 大きく育て 燦燦と注ぐ光を浴びて
古のあの琉歌よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
今が平和で これからも平和であり続けるために
みるく世がやゆら
潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
みるく世の素晴らしさを 未来へと繋ぐ

この詩を知って たくさんの事を学び感動しました 祖父の姉への優しさ溢れる
想いや 沖縄発の世界平和への願いが溢れるように伝わってくるのです

みるく世がやゆら(今は平和な世の中でしょうか)と問わられれば 何と答えよう
中近東やアフリカの紛争問題 我が国でも戦争法案や基地問題と決して平和な
状況とは云えません 「弥勒(みるく)世」とは程遠く感じます
貿易立国として栄え平和だった「琉球王国」が大国に翻弄され 悲惨な思いまで
した沖縄こそが一番先に平和な土地になるべきだと思います 弥勒菩薩がついて
います

















 





 





















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2015年06月15日

梅雨の合間の楽しみ

6月15日  明日から雨天が続きそうなので、またホタルを観に大井谷まで行って
きました、今年は2回目になりますが、やっぱりホタルの数が例年に比べて少ない
ように思います、5分の1ぐらいに感じられます。ホタルの演舞にはむし暑さが足り
ないのかも知れませんが、自然環境が変わったのかもしれません。ちょっと寂しさ
を感じます。

なんとか写真に撮ってきました。
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まあ〜上出来の写真だと自負しております、ちょっと写真の腕前も上がってきたな〜



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2015年06月11日

苦労したのに!

6月10日 梅雨の合間のわずかな晴天日に2年ぶりのホタル観賞です。
ホタルの名所・五郷町の大井谷へ行ったのですが、山道を歩くのに息は
ゼーゼー脚はつってくるし、やっとの思いでたどり着いた状態です、撮影
のためにちょっと明るめに三脚を構えたのですが訪れてくる人は誰もいません
今日はホタルが出てくるのかな〜と心配しつつ構えておりましたが、7時半頃
からぼちぼち飛び始め、観賞客も増えきて心強かったのですが、ちょっといつもと
違いホタルの数が異常に少なく出てくる箇所が狙いとかなりずれた所です。

予想が外れた設定でしたが何匹かが光跡を残してくれました、視界では満足
しましたので今日はこれでいいとしよう!

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雨続の毎日ですが、また来よう。
posted by tomisan at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記