2015年09月27日

彼岸花

20数年前に住んでいた山の家も住居下を流れる山水のため、すっかり荒れ果て
中に入ることも出来ません、雑草刈りがてら様子を見にいったら、彼岸花ばかりが
我が世とばかり咲誇りよく目立っておりました。

山の家から眺める熊野市街地
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定番の赤い彼岸花
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白い彼岸花
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自宅に帰ったら珍しい黄色の彼岸花
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ちょっと洒落て、中秋の名月をバックに、
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野に咲く花で季節を感じ、もっと自然体の生活を望んでいます。
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2015年09月21日

山間部 海岸部

9月20日 連休中の熊野は観光客の車でいっぱいです、ちょっと出かけるのにも
おっくうになります、R42を通らず人の少ない処を気まぐれなドライブです。

波田須の町 全戸南向きの斜面であたたかさは熊野一です。
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知る人ぞ知るダイビングスポット
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徐福の宮 秦の始皇帝の命で不老長寿の薬を捜しに倭に来たのですが、台風で乗組員、
を失い、徐福がたどり着いた地、住み着き製陶などの技術も伝来した功績もあります。
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新鹿町 日本一水質のよい海水浴場があります、
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海水浴場には津波の避難塔もありますDSC00235.JPG

遊木漁港 斜面にびっしり詰まった住宅と狭い路地、磯の香が昔からの漁師町
雰囲気満点です。
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二木島町 漁港は湾の奥が鉄則の条件です、でも津波の被害は特別です・
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仕事は休みでも港には必ず寄ってくるのは、心の落ち着きのせいです。
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沖にはいくつもの生簀があり、獲る漁から育てる漁へと転進中
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甫母町の小さな集落にも立派な港があります。
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奇岩の楯ガ埼は岬の向こう側です、私ではよう歩きません、波の静かなときに観光船
で海上から観ることにしよう
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昼からは紀和町へ 前から気になっていた山道を15分ぐらい入って行きましたが木津呂
に数件の住宅がありましたが 行止まりでした、瀞八丁の左岸を走っていたようで下に見
える河からジェット船の音が聞こえてきました
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赤木城跡 交通の便が悪く訪れる人もなく、草がぼうぼうでした
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頂上からの眺めは素晴らしいものがあります


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赤木城を語るに欠かせない慰霊碑 北山一揆の制圧に、一揆に加担した庄屋達を
だまして連れてきて処刑をした田子峠 あまりにも無惨な感じです。
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2015年09月13日

久し振りの丸山千枚田稲刈り

9月13日 台風で一週間延期になった稲刈り祭りですが、オーナーの参加が
少なく、地元の丸山千枚田保存会の人達が頑張っておりました。
例年は何百人のオーナー家族で賑わい、特産品のお店も数件あって、私はいつも
草餅を買っておりましたが、今年はちょっと寂しい稲刈りでした。
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稲刈りも終わり、ちょっと休憩のオーナー達
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私たちの役目ももうちょっとでおわります。
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今年の実の出来はよかったのかな〜?


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2015年09月06日

小又田んぼアート

9月6日 今日は朝から一日中雨だった、家に居ってもたいくつなので
      ちょっとドライブ、夕方はいつも通り湯ノ口温泉です。

「ビオトープ小又」 ビオトープって何ですか? 人の手を加えない状態で
動植物の繁殖の場となり、生態系を保護することが出来る空間とのことです。

熊野市飛鳥町小又地区の「ビオトープ小又」の池<めだかの学校>には
花菖蒲、睡蓮、古代ハス、黒メダカ、の自然の様子が観察できます。
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今は蓮の花がいっぱいです
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すぐ隣の田んぼでは、出世魚の「ブリ」の田んぼアートがあります、「ブリ」のまわりには
熊野大花火が描かれていましたが稲の種類が違うので観賞時期が過ぎておりました。
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地元の飛鳥神社です、大木に囲まれた小さな神社ですが地元住民に大事にそだてられ
てきた様子がよく伺えるきれいな神社です。
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神木の4本杉の大木です、4本の木にはそれぞれ神の名があります。
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熊野市飛鳥町は中心部から山間部へ15分ぐらいの所です、ふだんはあまり行きません
が、こうしてちょっと訪れると新たな発見もあります、他所にも行ってみよう〜。


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2015年08月27日

可憐な花

自宅裏のフェンスにこの頃可愛い花が咲いています。
ついこの前までは赤ガシがむさ苦しいほど茂っていたのですが、消毒をしなかった
ので病気になり、痛々しい姿が見苦しく思い切って根元から処分をしました。

寂しいので花の苗を植えたら可愛い花が次から次へと咲いてきました、自宅に
似合ないぐらいの可憐な花です、この横に毎日路上駐車しますのでその都度
癒されています。
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何でもない事でしょうが、一瞬でも平和を感じます。


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2015年08月19日

花火大会

8月18日 一日遅れの熊野大花火大会の一部です

三尺玉海上自爆

鬼ケ城大仕掛け



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2015年07月28日

暑いな〜

ここ数日は猛烈な暑さです、店の壁に掛けている寒暖計は37度を記録
しております、車道のアスファルトの照り返しと歩道には直接陽があたります。

気休めに打ち水を店頭の広範囲にしてみたら、なんと2度も下がり35度に
なりました、.ちょっと楽になったかな〜
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午後4時です、今から西日が歩道いっぱいに広がり商品棚にも入ってきます、対策に
大変です。
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2015年07月20日

墓参り

7月19日 久し振りに両親と兄・姉の眠る宇治の萬福寺まで行ってきました。
黄檗山萬福寺とは日本にインゲン豆を伝えた隠元禅師が1661年に開創された
日本三禅宗(臨済・曹洞・黄檗)の一つ黄檗宗の大本山です。博多の千眼寺の
紹介でこちらの黄檗霊園に移しました。
また普茶料理(中国風精進料理)でも有名です。

今日は日差しが強く、回廊の日陰で涼んでいくことに、

総門
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境内は二十何棟もの重要文化財の宝庫です
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三門 
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三門横の放生池には亀がいっぱいおります、おおきな亀が甲羅干しをしています。
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天王殿 寺の玄関です 階段を上がった正面には大きな布袋尊がどっしりと。
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回廊の正面には萬福寺の本堂・大雄宝殿(だいほうでん)
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今も使われている、開版(時を報ずる)
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回廊の中にあるお堂、ここで両親の50回忌の法要をしました。
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本堂の釈迦牟尼沸
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本尊の両側に十八羅漢像
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黄檗霊園は伏見を見渡す見晴の良い所にあります、
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大阪に住まいする娘のtamaちゃんが参った時の供花がからからになっていました、ご苦労さまです。
きれいにして元気なしきみを供えてあげました。
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福岡の博多にも納骨堂があります(私の義母)、ほぼお寺さんにまかせきりなのが心痛いです。







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2015年07月16日

台風接近

7月16日午後4時頃の 七里御浜に押し寄せる大波
台風11号は今夕にも四国高知県に上陸のもようです、大型台風で遠く
離れた東紀州・熊野地方にも大波と大雨をもたらしています。

木本町前の防波堤に押し寄せる大波
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16日午後4時頃でこの状態で、大波と大雨が17日いっぱい続きそうです、
4年前の大雨で氾濫した市内の井戸川も危険なくらいの水量だと聞いて
おります、心配だ〜  何事もなく済んでほしいと祈るのみ!!
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2015年06月28日

変わり夕焼け

6月28日夕7:15
夕食を終えて、さ〜テレビを楽しみましょうと座った時、突然東側の窓が赤く
染まりました、夕焼けです。手元にあったカメラを持って2階の窓から西側の
空を観ましたが何の変化もありません、どうやら太陽の沈む西側には光の
光る雲がなく、頭上を越えて東の雲で焼けたみたいです。
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白い点は月です
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何でもないような事ですが、平和な私です。
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熊野市ラグビーフェステイバル

6月28日 仕事の休業日ですが翌日の段取りを午前中で終え、山崎運動公園
に立ち寄り、第20回熊野市ラグビーフットボールフェステイバル(高校生の部)を
観てきました。
熊野市はラグビーが大変盛んです、小学生から中学生もクラブで楽しんでおります、
県立木本高校にいたっては花園の全国大会に6年連続を含め10回ぐらい出場歴
があり、三重県の名門校です。ところが監督の転勤などもありここ10数年前から
衰退気味でした、栄光の過去を持つOB達がテコ入れに花園常連校を招待して
胸を借りる練習試合を組んだのが始まりで、今年は20回目を迎えております。
今年もそうそうたる学校が集まってくれました。
大阪の東海大仰星・大阪朝鮮学校・奈良の御所実業・京都の伏見工業・三重の
朝明 と地元木本高校が熊野市長杯獲得の熱戦を繰り広げます。

木本高校(エンジ色)と朝明高校の試合が始まっておりました。
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前半終了時点で21ー0で朝明高校がリードしておりました

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他校は体をほぐしたり 休憩中
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熊野市はスポーツ王国です、他にも社会人のラグビーでトヨタやホンダが来熊するし、女子ソフトボー
ルの社会人や強豪大学の合同合宿も毎年あります、ベースボールフェスタ(高校生の部)では大阪
桐蔭高校や花巻東・横浜高校・広陵・など甲子園でも上位校が来てくれます、後でプロ野球で活躍し
た選手もおりテレビ等で見た時には親近感が湧くものです。

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2015年06月25日

忘れないこと

6月23日 沖縄では70回目の「慰霊の日」を迎えました 糸満市の平和祈念公園
では全戦没者追悼式が開かれ「平和の礎(いしじ)に刻まれた戦没者24万1336
人の前で 沖縄県立与勝高校3年の知念捷(まさる)さんが自作の平和の詩
みるく世がやゆら」(今は平和でしょうか)を朗読して参列者の涙を誘いました

私は16年前に家内と沖縄本島をバスツアーで旅行しましたが 最前列の私
に話しかけたガイドさんの言葉は今だに忘れられません
本土の方はいいですね〜」を何回もおっしゃいました 
本土決戦をさけるため本土の捨て石となり 県民の4人に1人が犠牲となった
ことや 今ものさばる米軍基地 忘れることの出来ない悲惨な過去を思う時
本土の人達の平和ぼけの旅行者をみると ついグチやネタミのような言葉が
出てくるのでしょう

沖縄と云えば紺碧の大空とコバルトブルーの綺麗な海を思い浮かべます
70年前はどうだったのだろう 戦争の惨めさと平和への尊さを詩った
みるく世がやゆら」(今は平和でしょうか)の沖縄人の真心の願いを忘れぬ
ように全文を記しておくことにした

みるく世(ゆ)がやゆら」  知念 捷

みるく世がやゆら
平和を願った 古(いにしえ)の琉球人が詠んだ
琉歌(りゅうか)が 私へ訴える
「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世や
やがて 嘩(なじ)くなよ(臣下) 命(ぬち) ど宝!」
 (戦世も終わり、 弥勒世もやがて来る。嘆くなよ、家臣、命こそが宝だ)
 廃藩置県で500年続いた琉球王朝はついに廃止となり、東京へ連れて
 行かれる王が最後に詠んだ句。

70年前のあの日と同じように
今年もまたせみの鳴き声が梅雨の終わりを告げる
70年目の慰霊の日
大地の恵みを受け 大きく育ったクワデイーサーの木々の間を
夏至南風(かーちーべー)の 湿った潮風が吹き抜ける
せみの声は微かに 風の中へと消えてゆく
クワデイーサーの木々に触れ せみの声に耳を澄ます
みるく世がやゆら
「今は平和でしょうか」と 私は風に問う
花を愛し 踊りを愛し 私を孫のように愛してくれた 祖父の姉
戦後70年 再婚もせず戦争未亡人として行き抜いた 祖父の姉
90歳を越え 彼女の体は折れ曲がり ベッドへと横臥する
1945年 沖縄戦 彼女は愛する夫を失った
一人 妻と乳飲み子を残し 22歳の若い死
南部 戦跡へと 礎(いしじ)
夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった
彼女のもとには 戦死を報せる紙一枚
亀甲墓に納められた骨壷には 彼女が拾った小さな石
戦後70年を前にして 彼女は認知症を患った
愛する夫のことを 若い夫婦の幸せを奪った あの戦争を
すべての記憶が 漆黒の闇へと消えゆくのを前にして 彼女は歌う
愛する夫と戦争の記憶を呼び止めるかのように
あなたが笑ってお戻りになられることをお待ちしていますと
軍人節の歌に込め 何十回 何百回と
次第に途切れ途切れになる 彼女の歌声
無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく
70年の時を経て 彼女の哀しみが 刻まれた頬を涙がつたう
蒼天に飛び立つ鳩を 平和の象徴というなら
彼女の戦争の惨めさと 戦争の風化の現状を 私へ物語る
みるく世がやゆら
彼女の夫の名が 24万もの犠牲者」の名が
刻まれた礎に 私は問う
みるく世がやゆら
頭上を飛び交う戦闘機 クワデイーサーの葉のたゆたい
6月23日の世界へ 私は問う
みるく世がやゆら
戦争の恐ろしさを知らぬ知らぬ私に 私は問う
気が重い 一層 戦争のことは風に流してしまいたい
しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを
みるく世がやゆら
せみよ 大きく鳴け 思うがままに
クワデイーサーよ 大きく育て 燦燦と注ぐ光を浴びて
古のあの琉歌よ 時を超え今 世界中を駆け巡れ
今が平和で これからも平和であり続けるために
みるく世がやゆら
潮風に吹かれ 私は彼女の記憶を心に留める
みるく世の素晴らしさを 未来へと繋ぐ

この詩を知って たくさんの事を学び感動しました 祖父の姉への優しさ溢れる
想いや 沖縄発の世界平和への願いが溢れるように伝わってくるのです

みるく世がやゆら(今は平和な世の中でしょうか)と問わられれば 何と答えよう
中近東やアフリカの紛争問題 我が国でも戦争法案や基地問題と決して平和な
状況とは云えません 「弥勒(みるく)世」とは程遠く感じます
貿易立国として栄え平和だった「琉球王国」が大国に翻弄され 悲惨な思いまで
した沖縄こそが一番先に平和な土地になるべきだと思います 弥勒菩薩がついて
います

















 





 





















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2015年06月15日

梅雨の合間の楽しみ

6月15日  明日から雨天が続きそうなので、またホタルを観に大井谷まで行って
きました、今年は2回目になりますが、やっぱりホタルの数が例年に比べて少ない
ように思います、5分の1ぐらいに感じられます。ホタルの演舞にはむし暑さが足り
ないのかも知れませんが、自然環境が変わったのかもしれません。ちょっと寂しさ
を感じます。

なんとか写真に撮ってきました。
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まあ〜上出来の写真だと自負しております、ちょっと写真の腕前も上がってきたな〜



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2015年06月11日

苦労したのに!

6月10日 梅雨の合間のわずかな晴天日に2年ぶりのホタル観賞です。
ホタルの名所・五郷町の大井谷へ行ったのですが、山道を歩くのに息は
ゼーゼー脚はつってくるし、やっとの思いでたどり着いた状態です、撮影
のためにちょっと明るめに三脚を構えたのですが訪れてくる人は誰もいません
今日はホタルが出てくるのかな〜と心配しつつ構えておりましたが、7時半頃
からぼちぼち飛び始め、観賞客も増えきて心強かったのですが、ちょっといつもと
違いホタルの数が異常に少なく出てくる箇所が狙いとかなりずれた所です。

予想が外れた設定でしたが何匹かが光跡を残してくれました、視界では満足
しましたので今日はこれでいいとしよう!

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雨続の毎日ですが、また来よう。
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2015年05月18日

有馬町の水田

昨日はいきなりの運動量で脚が悲鳴をあげました、夕食を食べた直後に両脚に
痛烈な痛みを覚え(付け根とふくらはぎ)ました、つったのですがいつもより強力
な痛みで一歩も動けず(おーいshohoko、薬(筋肉をやわらげる漢方薬)と水だ〜)
と叫びながら必死に痛みをこらえている次第でした、いつもの倍を服用したら20分
ぐらいでなんとかおさまりました。ぼちぼち運動をしろとの警告だったようです。

24時間経った今の脚の状態は昨日のことがうそのように軽く動けます、いつもは
夕方になると足がむくんでいるのですがそれも感じられません、非常に軽いのです。
いきなりばたついたので脚の神様もびっくりしてあるかぎりの毒素を放出してしまった
のでしょう。

有馬町の水田では田植えが終わったばかりで朝日の祝福です。
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白鷺の楽園でもあります・
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のんびりとした熊野市です。
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